長者の宝比べ
どんな伝承か
米原長者は駄の原長者と宝比べを企画し、金銀財宝を並べて見物人のために黄金の板を敷いた。駄の原長者は息子二十四人、娘十五人によい着物を着せて連れてきたので、見物人たちは子供たちに喝采を送った。子のない米原長者は「千の倉より子が宝」と悔しさから泣き、その場所が浦山坂と呼ばれるようになった。また金銀をかけた松の木は米原のカネカケマツと呼ばれたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。