百合若大臣
どんな伝承か
豊後守の百合若は左大臣公光の子で、鉄の弓矢を用いる強力であった。勅命で蒙古征伐に下り対馬沖で大勝したが、帰路の玄界島で居眠りをし、家臣の別府太郎・次郎に置き去りにされた。兄弟は戦死と偽って豊後を領し御台所に迫ったが、御台所は愛鷹翠丸の脚に文を結んで放ち、百合若と音信を交わした。門番の翁は娘万寿姫を身代わりに入水させて御台所を救った。漁船に助けられた百合若は苔丸と名乗って別府邸に住み込み、弓始めの席で正体を明かして太郎を射殺した。再び豊後守となった百合若は万寿姫のため蔣山万寿寺を建て、翠丸を御鷹の宮に祭った。その遺骨を葬ったのが百合若大臣塚であるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。