松浦佐用姫
どんな伝承か
佐代姫は狭手彦の船を見送って山の頂で領巾を振っていたが、舟が島影に消えると半狂乱のようになって山を駆け下り、唐土の浦へ行って舟子たちを集め、軍船を追うよう強請した。出帆はしたものの嵐に疲れ果てた舟子たちは沖の小島へ漕ぎつけて逃げ去り、一人残された姫は舟板に伏して泣き続けた。やがて船は玄海の彼方へ流され、嵐の去った伊万里湾の今福あたりで漁師が難破船を見つけたが、恐れて誰も手を触れなかった。舟はさらに流れ、立岩の浜の漁師たちが収容して岸のほとりに塚を築き、丁重に葬った。翌年も豊漁が続いたので祠を建てて祭り、後に社殿を造築したものが今の佐代姫神社であるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。