鵜から生まれた名馬磨墨
どんな伝承か
宇治川の先陣争いで梶原源太景季が駆った名馬磨墨は、相模湖町大字寸沢嵐字道志のこんど新戸で生まれた馬だといわれる。鵜の交わりから生まれたため、鵜さながらに水にもぐるのが巧みであったとも語られる。磨墨を出したという家には、その馬に使った品と親鸞上人筆の軸物が伝わっていたが、品はいつのまにか失われ、軸物も六部の手に渡ってしまったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第5巻』所収の「文化叙事伝説」全104話(千葉・山梨・神奈川・埼玉・東京=関東甲信)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。