建長寺の狸
どんな伝承か
昔、相州鎌倉の建長寺の山門が炎上したあと、寺は再建を企てて全国の末寺や同宗の人々に喜捨を求め、貫主自ら遍歴した。安永七年四月、一行は本郡岩間村宮原の名主役・望月次郎左衛門方に一泊した。この家は諸役人や高位の寺方などの御宿を勤めていた。その時、主人が甲金五十匁を寄進したところ、奇特の至りであるとして一幅の画を贈られた。のち日を経て、貫主は遠州掛川の宿で野犬に襲われて命を落とした。数日してその死骸は狸の姿に変じたので人々は大いに騒ぎ、訳を質してみると、先の貫主は再建の中途で病のため遷化し、平生かわいがられていた狸が多年の恩義に感じて化け、代理を勤めて勧化に精進していたのだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第5巻』所収の「文化叙事伝説」全104話(千葉・山梨・神奈川・埼玉・東京=関東甲信)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。