行逢裁面
どんな伝承か
日高川の支流丹生川の奥に河俣と呼ぶ村がある。地形からいえば日高川の一水源で、当然紀州領の日高郡山路郷に属さねばならないのに、どうしたものか和州十津領になっている。その由来として、丹生ノ川では次のように伝えている。この国境を定めるについて紀和両国の殿様が往復交渉した結果、日を決めて朝早く双方から出かけ、その出合った地点をもって境目とすることにした。ところが当日、紀州の殿様がぐずぐずしているうちに、大和の殿様は早くも引牛の坂を越え、日高川の水源河俣を通り越した所でやっと紀州の殿様に出会った。こうしてこんな不自然な境界が定められたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。