山椒太夫
どんな伝承か
由良の南の村、石浦に山椒太夫は住んでいたとされ、石浦には山椒太夫屋敷跡と称する石組が残っている。安寿と厨子王はここから和江の国分寺へ逃げた。国分寺跡と伝えられる土地には毘沙門堂がまつられ、その近くを「カクレダニ」といい、そこで二人は水盃をしたという。厨子王は国分寺で葛籠の中に隠れ、上に御経本をのせられて追っ手をやり過ごした。安寿は和江の南、中山と下東の間の「かつえ坂」で飢えて死に、下東の人は建部山のふもとの「サオリダニ」に安寿塚をつくってまつった。厨子王をかくまった和江の家々では、山椒太夫の祟りで鏡餅がつけず、つくと餅に赤く血がとびちるという。
原典より
〈柳田―「長者屋敷」〉○伝承地 京都府宮津市由良・石浦、舞鶴市和江・下東由良の南の村、石浦に山椒太夫は住んでいたとされ、そこから安寿と厨子王は逃げた。—— 日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第8巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全133話(滋賀・京都・兵庫=近畿)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。