長福寺に迎えられた宗良親王
どんな伝承か
上牧野村の長福寺の言上書によれば、南北朝の兵乱のとき、後醍醐天皇の皇子である宗良親王が戦に敗れて北国筋を漂い、ある日、牧野村で日が暮れて宿を乞うた。当時長福院と称した寺がこれを迎え、手厚く介抱した。日を重ねるうちに、豪民の坪内某が仮の宮を一宇建てて親王を移し、およそ三年のあいだここに住まわれた。その住まいは黒木の御館と呼ばれたという。のちに親王は髪を落として坊舎を建て、永く仏門に入り、高岡守山の極楽寺を開いて仏眼明心法親王と称したと記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第6巻』は、富山・石川・福井の北陸三県の伝説を集めた伝説集成の一巻である。神々の国争い、弘法大師や義経の遍歴、片目の魚、猿神や化物の退治など、伝承地を示した話を掲げ、県別の類話と古記録の文献記事を添える。巻末に福田晃の解説「主人公にたどる伝承世界」と、県ごとに近世の地誌から市町村史・民話集までを並べた使用資料一覧を置く。