弥三郎婆さん
どんな伝承か
むかし、小千谷の吉平、上片貝の地内に弥三郎という百姓がいた。一人息子の弥作は蒲原の弥彦村の名高い宮大工に弟子入りし、親方の片腕とまでいわれたが、仲間に憎まれて毒殺される。知らせを聞いた弥三郎の老母は発狂したようになり、行方知れずとなった。その頃から弥彦では弥作殺しに加わった弟子たちの家の幼児が次々と行方不明になり、子供がいなくなった夜は決まって嵐になる。ある夜、髪をばさばさにした老婆が幼児を抱え「弥作よ」と呼びながら走り去るのを村人が見た。吉平の庄屋の家に泊まった老婆は、夜になると風呂敷から赤子を出して食べていた。のちに庄屋は弥三郎神社を建て、老婆が置いていった俵が今もあると伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第3巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第3巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全65話(山形・福島・新潟)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。