神官が通った直線の作り道
どんな伝承か
下河端町に作り道と呼ばれる道があった。明治二十一年二月九日に県へ提出された河端神社の由緒によれば、水落の神官が祭礼のたびに通った道で、曲がりのない一直線、長さは千メートル余りに及んだという。名は今も語り伝えられているが、昭和二十八年に染色団地が造られ、道筋はマルサン染練工場の敷地の下になって失われた。
原典より
明治二十一年二月九日、県提出河端神社の由緒によれば、この作り道は、水落の神官が時々の祭礼のために往来したところで、直線コースにして長さ千メートル余りである。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗))
福井県鯖江市の地名にまつわる口承を、自然物(樹木)・岩石・山谷坂・池泉川・家屋敷・神社寺院祠堂・人物事件・霊異妖怪のカテゴリ別に網羅する。樹木では矢留めの一本杉、観音様の大杉、鐘鋳りの松、三峯の大いちょう、てんぐ松、柿の木と膳椀(膳椀貸し)、三度グリなど。