ダムに沈んだ轟の隠し念仏堂
どんな伝承か
隠れ念仏は東北ばかりのものではない。昭和三十六年五月、宮崎県北諸県郡高崎町の縄瀬地区、轟の大淀川にダムが完成したとき、水没する念仏堂を惜しんだ土地の農民二十九軒が力を合わせ、記念の碑を建てた。沈んだ堂は、薩摩藩の厳しい詮議を逃れるため、深さ四十メートルの洞穴の奥に明暦二年ひそかに祀られたものだったという。島津の領内では一向宗の信仰が長く禁じられ、家宅捜索は前ぶれなく行われ、疑われた者は水責めや石抱き、火責めにかけられて命を落とす者さえあった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本人物語5――秘められた世界(関敬吾(編)・日本人物語・昭和(民俗))
関敬吾編『日本人物語5―秘められた世界』。日本の生活文化に潜む秘密・境界・異界・怪異を主題別に集成する。