衛門三郎の名を握って生まれた子
どんな伝承か
伊予の領守河野息利の子息方は、三歳になるまでどうしても左の手を開かなかった。三歳の春の花見の席で唱名を唱えると手がほどけ、握られていた小石には衛門三郎の四字が刻まれていたという。衛門三郎は荏原の里の豪族で、托鉢に訪れる旅僧を追い払い、ついには鉢を叩き割った男である。僧は弘法大師で、翌日から八日のあいだに八人の子が次々に死んだ。悔いた三郎は財を人に施して大師の跡を追い、四国を二十一度めに巡る途中、焼山寺の前で倒れる。領主の家に生まれ変わって償いたいと願うと、大師は小石に名を刻んで握らせたと、松山市道後の石手寺の縁起は語る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本人物語5――秘められた世界(関敬吾(編)・日本人物語・昭和(民俗))
関敬吾編『日本人物語5―秘められた世界』。日本の生活文化に潜む秘密・境界・異界・怪異を主題別に集成する。