石渡一族が埋めた金と金山権現
どんな伝承か
平家が栄えていたころ、藤原氏の流れをくむ河内の豪族石渡氏の一行は、平氏の目を避けるため和泉国の浜から船で東へ向かった。何日もの航海の末に三浦の地へ上陸すると、一同はそこが故郷によく似ていると言い合い、その土地をコウチ(広地)と呼ぶようになったという。長老は、いつか河内へ帰る日の路銀を一族の財として守ろうと、上陸した原の岡の中腹に深く埋めさせ、見張り役には金子の姓を名のらせたと伝わる。金が眠るというその場所には金山権現の祠が建ち、土地では金山さまと呼ばれている。
原典より
金を埋めたと伝えられる所には、金山権現の祠があり、通称 金山さま と呼ばれている。—— 逗子市史 別編1 民俗編――伝説(逗子市(編)・逗子市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
逗子市史 別編1 民俗編――伝説(逗子市(編)・逗子市史)
『逗子市史 別編1 民俗編――伝説』は、逗子市の市史のうち、別編第一巻の民俗編にあたる巻の一部である。池子・沼間・桜山・小坪・久木・山の根など市内の土地に伝わる伝説を収め、和泉から来た一行が金を埋めたという金山権現、行基の十一面観音と大蛇、六代御前の墓、為朝の矢の根井戸、頼朝と新箸の宮、河童松、お夏狐などの話を記す。伝説の章の末に河童や狐、庚申の夜の短い話を添え、続く方言・訛語の章では逗子の語彙を五十音順に並べる。