東光寺の弥勒菩薩の夢告
どんな伝承か
弥勒寺の東光寺の本尊弥勒菩薩は、前身である天台宗の寺、禅応寺のものだったらしい。禅応寺は今の県立西春高校のあたりにあったが、延暦寺との争いに敗れて焼け落ちたと伝わる。それから数年後、青野のムラの人の夢に、焼け跡に埋もれた弥勒菩薩を掘り出し、東に寺を建てて祀れというお告げがあった。掘ってみると、告げのとおり高さ二尺五寸の木の坐像が出てきた。人々は折れていた右手首を直し、寺跡の東に寺を建てて像を安置し、東光寺と名づけたという。『通史編』は、お告げを受けたのは犬井の老母だとする別の伝えを載せている。
原典より
ムラびとがその焼け跡を掘ってみると、夢のお告げ通り、高さ二尺五寸の木製坐像が現れた。—— 西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異(西春町(編)・西春町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異(西春町(編)・西春町史)
『西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異』は、西春町の町史の民俗編である。九之坪・岡・沖村・石橋など町内の各ムラに残る御嶽山や塚、堂、小祠、石塔、家の神、祈禱師、祈願と参詣、霊威と祟り、狐や狸の怪異と憑きものを、聞き書きと『徇行記』や村絵図などの記録から記す。霊と神、祈願と参詣、霊威と怪異の三節に続けて、第十二章の伝説の節をムラごとの十八項に分けて並べ、最後の項の五条川の大蛇の目撃談で結ぶ。