比丘尼平の益王姫
どんな伝承か
八幡原の西に堂森山があり、その山中に比丘尼平と呼ばれる平坦な地がある。むかし、源頼朝の父義朝と戦って敗れた長田の荘司に、益王姫という娘がいた。姫は戦乱を逃れて静かな地を探し、堂森山のふもとに庵寺を結んで、兄を供養する日々を送ったという。秋の月に照らされた堂森山の道は美しく、姫は京での暮らしを思い出したと伝わる。奈良原、桜壇といった地名は今も残り、村人は姫が世を去ったのち、庵のあった場所を比丘尼平と呼ぶようになった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
米沢市史 民俗編――伝説(米沢市(編)・米沢市史・自治体史(民俗))
『米沢市史 民俗編』第八章口承文芸所収の伝説。山形県米沢市に伝わる鳥獣草木・山川湖沼・地蔵社寺の伝説を採録する。