親鸞が宿の礼に残した阿弥陀像
どんな伝承か
大雨で鬼怒川に川止めのおふれが出た日、立ち往生した旅僧を渡し守の老人が小屋に招き入れた。旅僧は常陸国小島の郡司のもとに身を寄せる範宴と名のり、花見ヶ岡で大蛇に人身御供を出して苦しむ村を念仏で救いに行く途中だと語った。老人は村の旧家の善右衛門で、水が引くまで七日間旅僧を泊めた。旅立ちの日、旅僧はその間に描いた阿弥陀如来の像を礼に残し、川を渡って西へ去った。間もなく花見ヶ岡の大蛇退治の噂が広まり、善右衛門は軸を床に掛けて村人に仏の話をした。後年、傷んだ軸を江戸の経師に修繕に出したが、善右衛門はその頃病に倒れ、像を案じつつ亡くなったという。
原典より
旅僧は、渡し守の爺さんと共に洪水の鬼怒川を背に、村の木立の間に消えて行った。—— 真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話(真岡市(編)・真岡市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話(真岡市(編)・真岡市史)
『真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話』は、栃木県真岡市の市史民俗編から、第十四章「口頭伝承」の第一節「伝説・昔話」を収めたものである。大だら法師の足跡、釜淵の燈籠、大前堰の人柱、へび娘など、五行川・鬼怒川・小貝川の淵や沼、社寺にまつわる伝説と、タヌキやキツネに化かされた話を、既刊の民話集・伝説集と新たな採話から集める。冒頭に口頭伝承の参考文献を掲げ、各話の末尾に典拠を記し、結びの「まとめ」で話を河川・社寺・沼・動物の別に整理する。