攻め手の馬を沈めた馬橋
どんな伝承か
八幡様の東、土地の人がやだっぽりと呼ぶ谷田堀に、馬橋という橋がかかっている。昔このあたりは年じゅう湿った谷地で、雨が降れば沼のようになった。ある時、敵が攻めて来ることになり、村人は苦労して架けた橋を壊すことに決めた。敵は渡れずに引き返したが、次は雨のあとに、馬なら越えられると踏んで攻めて来た。ところが堀は底なしの泥沼同然で、馬も人もはまり込み、何頭もの馬と死人を残して逃げ帰った。後に橋が架かると、村人はそれを馬橋と呼ぶようになったという。
原典より
そのことがあってから、後でここに橋がかかったとき、村人は、この橋を「馬橋」とだれ言うとなく呼ぶようになったそうな。—— 真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話(真岡市(編)・真岡市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話(真岡市(編)・真岡市史)
『真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話』は、栃木県真岡市の市史民俗編から、第十四章「口頭伝承」の第一節「伝説・昔話」を収めたものである。大だら法師の足跡、釜淵の燈籠、大前堰の人柱、へび娘など、五行川・鬼怒川・小貝川の淵や沼、社寺にまつわる伝説と、タヌキやキツネに化かされた話を、既刊の民話集・伝説集と新たな採話から集める。冒頭に口頭伝承の参考文献を掲げ、各話の末尾に典拠を記し、結びの「まとめ」で話を河川・社寺・沼・動物の別に整理する。