疫病を鎮めた久治様
どんな伝承か
天明のころ、天候が乱れて浅間山が噴火し、この地にも灰が降った。長雨と冷夏で五穀は実らず飢饉となり、能仁寺の本堂も山崩れでつぶれた。根本の上根地区では疫病が広まり、多くの人が死んだ。そのころ久治仙人という法印行者が、命がけで天候の回復と疫病退散を祈り、頼まれれば家々にも出向いて祈禱したが、自らも病にかかった。死後もこの地を久しく治めるため祈り続けるので、願いが成ったら祠に祀ってほしいと言い残して世を去った。やがて暑い夏が戻り、五穀が実って病も消えた。村人は土塚に葬った彼を久治様として祀り、今も夏と秋に祭りを行っている。
原典より
村人達は久治仙人の一心の願いをほめたたえ、土塚を作りその下に葬むって厚く霊を弔らってやった。—— 真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話(真岡市(編)・真岡市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話(真岡市(編)・真岡市史)
『真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話』は、栃木県真岡市の市史民俗編から、第十四章「口頭伝承」の第一節「伝説・昔話」を収めたものである。大だら法師の足跡、釜淵の燈籠、大前堰の人柱、へび娘など、五行川・鬼怒川・小貝川の淵や沼、社寺にまつわる伝説と、タヌキやキツネに化かされた話を、既刊の民話集・伝説集と新たな採話から集める。冒頭に口頭伝承の参考文献を掲げ、各話の末尾に典拠を記し、結びの「まとめ」で話を河川・社寺・沼・動物の別に整理する。