譲られた阿弥陀如来像の祟り
どんな伝承か
四国遍路の奇蹟で二十五年間開かなかった目が開いたという噂の高いころ、阿弥陀如来像が怪異を現した。像は廃仏毀釈の際にどこかの寺を出たものらしく、高知市の県立農学校の近森教諭の手に入っていたが、香美郡野田村の高橋喜馬太の斡旋で立田町の樋口医院へ譲られた。ところが像を届けた近森は帰路に大負傷し、樋口医院では家内一同がその夜吐き下して大騒ぎとなった。翌朝像を仲介者へ送り返した車夫も重病となり、その妻は一度に八杯の飯を掻き込む狂態を示し、高橋の妻も体一面に吹き出物が出た。協議のうえ伺いを立てると山田町の高野山へ往くとの宣託があり、自動車五台で盛大な入仏式が営まれた。
原典より
* 屋根の仏像 (330)* 七福神の像 (331)* 弘法大師の像 (332)* 釈迦像を砕く男 (333)* 山の神の怒り (334)* 怪火を見た経験 (336)* 帽子のない水兵 (3…—— 日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫版・決定版・昭和13年編纂(1938年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫版・決定版・昭和13年編纂(1938年))
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