首切り石段
どんな伝承か
明治四十一年三月十日、茨城県真壁町の古城にある豪家桝形の放蕩息子一郎は、真壁警察署長上川名源一郎から「腹でも切って死んでしまえ」と叱りつけられた。翌日の未明、一郎は警察の玄関口の石段に腰をかけ、剃刀で腹を掻き切り咽喉を突いて絶命した。翌四十二年八月十七日には、同郡中里村の女殺し犯人大目田という女も同じ石段で咽喉を切って自殺した。以来その石段は首切り石段と呼ばれ、踏んで出勤した署長は半年から一年で休職か左遷になったという。石段を避けた永田金次郎だけは無事で、知らずに踏んだ玉沢三郎は昭和元年七月一日に依願免職となった。後任の川崎常雄は石工を呼んで石段を改造し、神人を呼んで霊魂を慰めた。
原典より
* 大蔵省の大法会 (195)* 擂鉢山の怪談 (196)* 浦戸署をめぐる怪聞 (197)* 地蔵屋敷 (198)* 警察の宿直室 (199)* 古碑の怪異 (200)* 桜の間の大入道 (…—— 日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫版・決定版・昭和13年編纂(1938年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫版・決定版・昭和13年編纂(1938年))
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