殺された六部の呪いと幽霊屋敷
どんな伝承か
正保年間、村田の町の宿屋に六部が一人泊まった。主人はその手回りの金包に目がくらみ、旅の僧を手にかけている。数年を経て、弟分を名乗る六部が絵姿を携えて訪ね、この者を泊めなかったかと尋ねた。主人は知らぬと言い張ったが、灰の中から見覚えのある笠の金具が現れ、事情はすべて露見した。弟分が友の菩提を弔って経を読むと、殺された六部が幽霊となって立ち、恨みは必ず晴らすと告げたという。弟分もまた呪詛の法を結んで去った。以後この宿は不幸が続いて血筋が絶え、住み替わる者も次々に災難に遭ったため、幽霊屋敷とも化物屋敷とも呼ばれた。跡地はやがて町のものとなり、警察署が建ったと伝える。
原典より
正保年間の頃、この町の宿屋に一人の六部が草鞋をぬいだ。—— 宮城県史 民俗編(宮城県史シリーズ・昭和中期(推定1960-1970年代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城県史 民俗編(宮城県史シリーズ・昭和中期(推定1960-1970年代))
宮城の民間信仰と禁忌(宮城県史民俗編)/禁忌を破る祟りと火玉/河童・狐狸の怪/年中行事と俗信/地域の幽霊・妖怪伝承