四十塚
どんな伝承か
埼玉県大里郡岡部町岡、現在の深谷市岡に四十塚と呼ばれる塚がある。上杉と武田が戦った戦場の跡とされ、その名のとおり塚は四十あると伝えられる。昭和初期にこの塚が発掘された際には、瓶や武器などが発見されたという。武蔵の塚の伝説を集めた同書は、これを十三塚・七人塚・九十九塚などと並ぶ、戦死者を葬ったと語り伝えられる塚の一つとして記している。
原典より
上杉と武田の戦場跡とされ、塚が四十ある。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成・昭和40年代刊(中巻・歴史伝説)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成・昭和40年代刊(中巻・歴史伝説))
韮塚一三郎『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』(歴史伝説の巻)を全608話・伝説(土地別の異伝)単位で収録(<解説>・[参考]・和歌・注は本文に内包)。埼玉県下の歴史伝説(塚・城址・古戦場・武将〈新田義貞・畠山重忠・太田道灌ら〉・史跡・寺社縁起等)を、所在地(市町村・字・社寺)と出典(新編武蔵風土記稿・各市町村史等)を付して体系的に集成した中巻。