頼朝の白旗と寒川の地名
どんな伝承か
治承四年、源頼朝がこの地に着いて「今朝は寒い」と言ったことから、寒川の地名が起こったと伝えられる。この一帯は古くは結城野と呼ばれ、今の白旗神社はかつて結城稲荷といった。頼朝がこの社に源氏の白旗を納め、二、三十本も立て並べたので、以後は白旗大明神と呼ばれるようになったという。今の畑町の名も、頼朝が通ったときに源氏の白旗を押し立てたことから、もとは旗村と書いたのだといわれる。
原典より
治承四年、頼朝がここに到着の時、「今朝は寒い」といったことから寒川の地名が起ったと伝える。—— 千葉市の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
千葉市の伝説(平野馨)
『千葉市の伝説』は、平野馨が千葉市内に伝わる伝説をまとめた文章である。日本武尊と弟橘媛、行基、千葉氏の祖と天女、源頼朝、徳川家康・家光にまつわる話を中心に、神社仏閣・塚・泉・池・橋・地名の由来や、千葉笑い・雨降かっこなどの行事の起こりを集める。四十三の短い項を古代から近世へおおむね時代の順に並べ、多くの見出しに町名を添え、ところどころに別伝や発掘調査の結果を書き添える。