炎から抜け出て清水に沈んだ城之古の観音
どんな伝承か
城之古を通りかかった弘法大師が、信濃川のほとりに見事な木を見つけ、仮の庵を結んでその木から観音像を彫り上げ、村人に授けて旅立ったという。それから四百年ほどのち、琵琶懸城の城主本間義秀はこの像を守り本尊としていたが、源義経に従って奥羽へ下るにあたり、みずから城に火を放った。すると観音は炎の中から抜け出し、崖下の清水へ沈んだ。のちに水底から像を拾い上げた村人が堂を建てて納めると、その夜、枕元に観音が立ち、この清水を引いて田を開けと告げた。こうして信濃川の岸に三町歩の田が生まれたと伝わる。
原典より
城之古に立ち寄った弘法大師が、信濃川のふちで名木に目を止め、仮の庵を建ててその木で観音像を刻むとムラ人に与え、再び旅を続けた。—— 十日町市史 資料編8 民俗(十日町市) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
十日町市史 資料編8 民俗(十日町市)
十日町市編『十日町市史 資料編8 民俗』を全20話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。