石舞台古墳と蘇我一族の呪い
どんな伝承か
奈良県明日香村の石舞台古墳は蘇我馬子の墓と伝えられ、封土を持たない石室がむき出しになった珍しい古墳である。新たに権力を握った勢力が馬子の墓を壊そうとして盛土を取り天井石を動かしたが、途中で断念したためこの姿になったと考えられている。馬子の孫の入鹿は板蓋宮で中大兄皇子と藤原鎌足に暗殺されて蘇我一族は滅び、稲目を除く蝦夷・入鹿らの名は後世に付けられた侮蔑的なあだ名だったとする説を梅原猛が『怨霊と縄文』で述べている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年頃(昭和50年代))