捻木の柳
どんな伝承か
源義朝が京から関東へ落ちのびる途中、美濃路から養老川、木曽川と下ってこの立田村へ着いたとき、しきりに空腹を訴えた。そこで上立田村の藤左衛門と下立田村の三右衛門の両名が粥を作って差し上げ、某という者は飯を炊いて差し上げた。義朝は深く喜び、藤左衛門には御粥、三右衛門には小粥、飯を差し上げた者には飲谷の姓を賜った。いまもこの姓を名乗る家がある。またこのとき、食事を終えた義朝は使った柳箸をねじって地面にさし、もし自分の望みが叶うならこの箸はきっと芽を吹くだろうと言った。不思議なことに、しばらくして芽が出てどんどん大きくなったので、これを捻木の柳と呼ぶようになった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
愛知県伝説集(福田祥男・昭和三十六年(1961)刊)
尾張・三河(愛知県)に伝わる伝説を山/海/水/給水・雨乞/地蔵・観音/石・岩/城跡・屋敷跡/塚・墓/地名/動物・変化/植物/祟り・怨霊/山人・巨人/社寺/その他の15章に分類して集成する。尾張富士の背くらべ、女人禁制の山、河童・狐狸の変化、雨乞いの淵、戦死者の塚や落人伝説、社寺の縁起や地名の由来など、愛知の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を地名つきで網羅する。