八橋
どんな伝承か
碧海郡知立町大字八橋には哀れな話が伝わる。仁明天皇の頃、八橋の里に、医者だった羽田玄喜の未亡人が八つと五つの男の子と暮らしていた。ある日、薪を拾いに行こうとして里を流れる川を渡りかけると、いつもは留守番をする兄弟が母を慕って川へ来て、止めるのも聞かず流れに入り、足を取られて急流に呑まれ消えてしまった。母は幾日も泣き通したのち尼となって念仏に明け暮れたが、二度と同じ悲しみを人に繰り返させまいと思い立ち、川上から流れてきた浮木で、八つに分かれた流れに女手ひとつで橋を架けた。八つの流れに架かる八つの橋というところから八橋の地名ができたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
愛知県伝説集(福田祥男・昭和三十六年(1961)刊)
尾張・三河(愛知県)に伝わる伝説を山/海/水/給水・雨乞/地蔵・観音/石・岩/城跡・屋敷跡/塚・墓/地名/動物・変化/植物/祟り・怨霊/山人・巨人/社寺/その他の15章に分類して集成する。尾張富士の背くらべ、女人禁制の山、河童・狐狸の変化、雨乞いの淵、戦死者の塚や落人伝説、社寺の縁起や地名の由来など、愛知の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を地名つきで網羅する。