あかぎれ童子
どんな伝承か
延暦の頃、豊前国宇佐八幡宮を建立するため堀川大納言兼基が下向し、豊後と日向の境の塩田村に滞在して長者の娘と懇ろになった。兼基の帰京後に生まれた娘は美しく育ち、十八になると祖母嶽大明神が若者の姿で通ってきた。素姓が分からないので母と娘は相談して男の着物に針を刺し、翌朝その糸をたどっていくと、日向と豊後の境の大山の穴で大蛇がうめいていた。大蛇は「おことの腹に我が胤を宿したり。安産せよ。後には名高き弓矢取りと成すべし」と言って死んだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。