朝日長者
どんな伝承か
昔、仲哀天皇の御代、近江国千の松原に和弭津藤彦という者がいた。神功皇后の三韓征伐にあたり、皇后は海底の神である磯良が奉った宝満珠・干珠の二顆を携えて新羅王を服させたが、藤彦はこの珠を守護した勲功により、凱旋ののち豊後の久朱の郷を賜ったという。久朱は筑紫三大木の随一という大樟樹にちなむ名で、のちに玖珠と書かれるようになった。その裔の十七代目を浅井長治といい、飯田高原の一角の千町無田に居を構え、後千町・前千町の美田を耕して夥しい牛馬を養い、辰巳の方に泉水山を築いた。壮麗な住居を里人は御所と呼び、近国無双の長者として聞こえたと伝える。
原典より
昔、仲哀天皇の御代に、近江国千の松原に和弭津藤彦(わにづふじひこ)と云ふ者がありました。—— 日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。