一宇川を挟んで戦った嵯峨野帝王塚
どんな伝承か
北野の天神と呼ばれるのは久日部落の東端、嵯峨野の帝王と呼ばれるのは字大野の西端で、どちらも数十メートルの険しい崖になっている。遠い昔、この二つは一宇川を隔てて向かい合い、幾日も戦いを続けたという。ついに嵯峨野の帝王が敗れて命を落としたため、塚を築いて祀った。それが嵯峨野帝王塚と呼ばれている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第12巻』所収の「文化叙事伝説」全139話(香川・徳島・愛媛・高知=四国)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。