墓碑銘が語る楊貴妃と吉備真備
どんな伝承か
『防長風土注進案』先大津宰判向津奥村が記す。楊貴妃の墓は古くからの言い伝えで、萩の長寿寺にも同じ伝えがあるという。墓には「従五位上守右衛士督兼行中宮亮下道朝臣真備葬亡 楊貴氏之墓 天平十一年八月十二日記」とあり、吉備真備が葬ったものと読める。また吉備公の母なども楊貴の姓を持つ人の娘と見えるので、なお考えるべきだと記している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第10巻』は、全国の伝説を型ごとに分けて集めた叢書の一巻である。岡山・広島・山口の三県を伝承地とし、蘇民将来、吉備津彦と温羅、厚狭の寝太郎、化け猫、河童駒引き、夜泣き石、姥棄て山などの伝説を、聞き書きや市町村誌、民話集から採って収める。「文化叙事伝説」と「自然説明伝説」の部に分けて番号順に並べ、各話には伝承地と本文のあとに〔類話〕と近世の地誌などを引く〔文献〕を添える。