小栗判官照手姫
どんな伝承か
日高郡南部町の名所である千里馬頭観音は、昔、帝の竜駕を留めた跡で、花山院は千里の浜の石を枕として一夜をここに明かし、一首を詠んだと伝えられる。田辺藩主安藤公代々の信仰も深かったが、史跡は次第に荒廃し、大正九年五月、南部町出身の横浜貿易商・長岡佐介が自ら資を投じて旧跡の保存に努めた。また、熊野湯の峰で難病の癒えた小栗判官助重が船で京へ下る途中、南部の沖合で大暴風に遭い、観音経を唱えると白馬が現れて消え、渚に漂う木片を拾って七日間の断食の後に観音像を刻み、祠に安置したのが千里観音の始まりで、木片が馬の首に見えたので馬頭観音とよぶようになったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。