バ塚の狐の嫁入り
どんな伝承か
柿木地区の北に、少し間をあけてネ塚とバ塚という二つの塚があった。戦国時代、戦に敗れた侍が娘を連れてこの地へ落ちのびてきたが、娘は疲れからか病に倒れて亡くなり、バ塚に葬られた。その後、秋に小雨がしょぼしょぼ降る日には、バ塚から念仏橋のほうへ進む狐の嫁入り行列が時おり見られるようになった。行列にちらつく提灯の明かりは、狐の口から出る泡が光るのだという。娘にはその秋に嫁ぐ約束の相手がいて、その日を心待ちにしていた。戦のせいで望みが絶たれ、よその土地で死んだ無念が狐に乗り移って行列をさせるのだと言い伝えている。
原典より
その後、秋になると時折、バ塚から念仏橋の方に向かって進む狐の嫁入り行列が見られるようになった。—— 草加市史 民俗編――伝説(草加市(編)・草加市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
草加市史 民俗編――伝説(草加市(編)・草加市史)
『草加市史 民俗編――伝説』は、草加市史民俗編のうち「二 伝説」の章である。地名起源・塚・神々・地蔵・薬師・観音・その他の神仏・旅の僧・動物と妖怪の九節で、柿木や青柳の地名の由来、毛長神社の御神体、疣地蔵や火あぶり地蔵、雨乞いの龍、むじな大尽などを、『新編武蔵風土記稿』や縁起碑、土地の伝えによって記す。第十節「世間話」は狐・むじな・狸・雷獣の聞き書きを集め、話ごとに町名と話者の頭文字・生年を添える。