男鹿岳にたなびく紫雲と八幡峠
どんな伝承か
源義家は安倍貞任を追って奥州から奥会津まで攻め入ったが、荒海のあたりで敵の行方を見失ってしまった。やむなく若松へ抜けようと大内峠にかかり、峠の上で兵を休ませる。ふと奥会津の方を振り返ると、男鹿岳の頂に紫の雲がたなびき、人の気配が感じられた。これこそ安倍の残党が立てこもる証だと見た義家は、ただちに馬首をめぐらせ、川島から男鹿岳へと軍を進めたという。このとき越えた峠を、のちの人は八幡峠と呼ぶようになった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
田島町史 第4巻(民俗篇)――伝説(田島町(編)・田島町史・自治体史(民俗))
『田島町史 第4巻(民俗篇)』第二節所収の伝説。福島県田島町(南会津)に伝わる自然・歴史・神仏・池淵・幽霊・妖怪の伝説を採録する。