このしろの伝説――有馬皇子と長者の娘
どんな伝承か
下野へ流れて来た有馬皇子が、五万長者と呼ばれる長者の家に奉公人として身を寄せた。酒宴で長者に踊れと言われた若者が歌を詠んで舞うと、長者はその人が皇子だと悟って上座に迎えた。長者の娘は常陸の国司に嫁ぐ約束だったが皇子と恋仲になったため、長者は国司に娘は死んだと伝え、棺につなしという魚とにらを入れて焼いた。人を焼く臭いに似たその煙をかいだ国司はあきらめて常陸へ帰った。惣社明神でかつて九月九日につなしを焼いて供えた神事は、この話に由来するという。つなしをこのしろと呼ぶのも、この煙を詠んだ歌から出たと伝わる。
原典より
むかし、惣社明神には毎年九月九日に「つなし」を焼いて捧げる神事があった。—— 栃木市史 民俗編――伝説・民話(栃木市(編)・栃木市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
栃木市史 民俗編――伝説・民話(栃木市(編)・栃木市史)
『栃木市史 民俗編――伝説・民話』は、市史民俗編の第九章「言語伝承」のうち「伝説・民話」と「木遣り」の二節である。芝塚山の太刀割り石、有馬皇子とこのしろ、源義家や弘法大師にまつわる地名伝説、狐の嫁入りやむじなの怪、あづきっとぎなど、市内に伝わる伝説・民話と昔の子供の思い出を収める。前半の十一話には末尾に原話者(一部は採話者も)の名を記し、節の終わりに鳶の木遣りと田歌の詞章を載せる。