隅田荘の八幡宮共同祭祀
どんな伝承か
貴族や社寺の荘園経営にともなって、大社の神々の分霊を各地に勧請することが盛んになった。八幡神もその一つで、石清水社領であった和歌山県の隅田荘では、荘内の地侍の諸家が協力して八幡宮を建て、みずからを隅田一族と称して祭りをともにした。同じころ三重県伊賀の黒田荘でも、領主である東大寺の鎮守の分霊を荘内に勧請している。八幡神はやがて神託により応神天皇の化身垂迹と称され、武神としても崇敬されるようになった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本民俗学大系 第8巻――信仰と民俗(原田敏明・池上廣正・平山敏治郎・堀一郎ほか・日本民俗学大系・昭和(民俗学))
『日本民俗学大系 第8巻 信仰と民俗』。原田敏明・池上廣正・平山敏治郎・堀一郎らによる十論考からなる日本民間信仰の総合的研究。原田敏明「総説」は信仰と民俗、宗教の起原(スペンサーらの学説・アニミズム)、村の信仰と都会の宗教、シャマニズムを論じる。池上廣正「霊と神の種類とあらわれ方」は神の種類(名社大社の祭る神・雑神)、神のあらわれ方、霊の種類(人霊・自然霊)・霊威、農と神・田植えの儀礼を扱う。