牧の長者が瓦で築いた千駄塚
どんな伝承か
小山の間々田あたりに、牧の長者と呼ばれる大金持ちが住んでいた。長者の自慢は、時を告げて鳴く鶏を描いた掛軸だった。かつてこの鶏の鳴き声を賭けて千駄の荷を長者に取られた陸奥の豪商が、もう一度勝負を挑み、掛軸の鶏の喉に針を刺して賭けに勝った。豪商は先の千駄の荷を長者に預けて鎌倉へ去ったが、のちにたくらみを見抜いた長者が荷を解くと、中身はどれも瓦のかけらだった。長者はその千駄の瓦で塚を築き、いつしか千駄塚と呼ばれるようになった。年老いて病に倒れた長者は、死の間際に莫大な財産を近くの浅間山に埋め、その在りかを示す歌を残したという。
原典より
後日、商人の悪だくみを見破った牧の長者が、彼からあずかっていた千駄の荷物をほどくと、カワラかけばかりだったという。—— 小山市史 民俗編 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
小山市史 民俗編
『小山市史 民俗編』は、小山市の市史のうち民俗を扱う編である。第九章「祭りと民俗芸能」の終わりで小薬北若連・武井の若連が担う囃子と下生井の囃子を記し、第十章「民話・民謡・ことわざ・方言」では間々田・土塔・粟宮・下生井など市内各地の伝説と昔話を、小山城の落城や小山氏、藤原秀郷にまつわる話を多く含めて紹介する。伝説は自然伝説・信仰伝説・歴史伝説の三つに分け、伝承地を添えた伝説名の一覧と主な話のあらすじを掲げ、昔話は土地の言葉のまま載せる。