頭白上
どんな伝承か
筑波郡小田町から一里ほど東に山の荘という村があり、そこに朝重山東城寺という、薬師を祀る寺があった。その破れた門前に貧しい夫婦が住んでいたが、妻は臨月の頃に病で死に、夫は近隣の人に頼んで岩崎という所へ形ばかりの埋葬をした。夫は亡き妻を偲び、毎日三文ずつを非人に施して念仏に余念がなかった。やがて亡妻の霊魂が乞食となって訪れ、夫に食を求めるようになる。ある日、藤沢の宿でその者が餅を買い子どもに食べさせているのを見た人が不思議に思い、後を付けていくと、山の荘の岩崎郷、東城寺の門前にある妻の墓所で姿が消えた。墓の中から小児の泣く声がするので里人が掘ってみると、土中の棺に子が生まれており、髪は白髪で老人のようであった。東城寺の門徒はこれを養育し、成長した子は凡人の及ばぬ智識才覚を示して、のちに出家して頭白上人と称したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・大正)
大正十一年、寺田喜久(狂花)が編んだ『相馬伝説集』。茨城・千葉にまたがる旧相馬郡(利根川流域=小文間・守谷・布川・布佐・藤代・横須賀など)の名勝・旧蹟・伝説を、△印で項目立てして地誌的に網羅する。最大の主役は平将門で、守谷町の朝日御殿・桔梗塚・佛島・日秀の石井戸など将門伝説群、その妾とされる桔梗の前の伝説を収める。