堂守八重を祀った八重観音の霊験
どんな伝承か
市沢の八重観音は、信州上田の城主松平伊賀守の家臣、海野長左ェ門の長女八重を祀ったものである。八重は幕末のころ、わけあって市沢の阿弥陀堂に移り住み、堂守として独りで暮らした。村人に読み書きや裁縫、男女の道、薬草の知識などを教え、寺子屋のような役目を果たして慕われた。年老いて病の床についた八重は、自分の死後に聖観音像を建ててくれれば皆の願いを叶え、功徳を授けようと村人に言い残し、ほどなく七十二歳で亡くなった。恩を受けた村人たちはお金を出し合い、石の聖観音像を阿弥陀堂の中に建てた。いまも腰から上の病に効くとされ、線香を手向ける参詣者が絶えないという。
原典より
今日でも腰から上の病に効くといわれ、参詣者の線香が絶えることがないそうです。—— 大井町史 民俗編 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
大井町史 民俗編
『大井町史 民俗編』は、大井町の町史民俗編のうち、第一節「伝説」を収めたものである。大井・亀久保・鶴ヶ岡・苗間などに伝わる地名の由来、力石や怪力男の話、大井弁天、織部塚、地蔵や薬師の縁起などを、『新編武蔵風土記稿』『大井村郷土史』『麦笛』『埼玉県伝説集成』などの文献と、土地の話者からの聞き書きによって記す。伝説の特徴を述べたのち、村・石・水・塚・祠堂・その他の部に分けて各話を並べ、話ごとに出典の書名か話者の名を添える。