娘を争う四人が運んだ亀久保の力石
どんな伝承か
亀久保神社の境内には、「亀久保四十貫目」「亀窪村三十貫目」と彫られた力石が二つ置かれている。幕末も近いころ、亀久保村に利左衛門・左五兵衛・平左衛門・宇之吉という、そろって体格に恵まれた四人の若者がいた。四人はみな新河岸のあたりに住む美しい娘に思いを寄せ、足しげく通っていた。娘一人を四人で取り合っても始まらない、力比べで決めようと一人が言い出すと、皆すぐに賛成した。そこで娘の家の近くにあった手頃な石を、一晩のうちに亀久保まで担いできたという。もっとも、四人のうち誰が運び通したのかはわかっていない。
原典より
丁度、娘の家の近くにあった格好の石を、一夜で亀久保まで担いで運んだという。—— 大井町史 民俗編 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
大井町史 民俗編
『大井町史 民俗編』は、大井町の町史民俗編のうち、第一節「伝説」を収めたものである。大井・亀久保・鶴ヶ岡・苗間などに伝わる地名の由来、力石や怪力男の話、大井弁天、織部塚、地蔵や薬師の縁起などを、『新編武蔵風土記稿』『大井村郷土史』『麦笛』『埼玉県伝説集成』などの文献と、土地の話者からの聞き書きによって記す。伝説の特徴を述べたのち、村・石・水・塚・祠堂・その他の部に分けて各話を並べ、話ごとに出典の書名か話者の名を添える。