鶴殺しの松
どんな伝承か
押付新田の念仏院は鶴殺しで処刑された者の一人をとむらった寺で、その南に砂の丘がある。丘には大きな松が十数本生えていて、地元の人はこれを鶴殺しの松と呼んでいた。ここで鈴木家三家族が処刑されたのだと伝えられている。なお、この砂山は、布川城主豊島紀伊守が満水のときにこの丘に上って水の高さを見たことから、高見山とも名付けられたという。
原典より
鶴殺しの一人をとむらった念仏院の南に砂の丘がある。—— 利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史・自治体史(民俗))
『利根町史 第4巻(通史・民俗編)』第一章所収の民話と伝説。茨城県利根町の文・布川・文間・東文間各地区に伝わる口承を採録する。