墓掃除の疎略を責められ団結して乱暴した家僕七人を
どんな伝承か
真野村の豪族矢原又右衛門が、享保六年七月十日、祖先の墓所掃除が疎略であったとして家僕を責めたところ、七人が団結して主家に乱暴した。又右衛門は幕府に上訴してこの七人を埋め、七人塚とした。斬られようとするとき七人の哀泣の声が蚊の啼くのに等しかったので、今もこの地を「蚊の留」というと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。