佐竹氏に水戸城を奪われた幡谷次郎が江戸氏と恢復を計るも成らず…
どんな伝承か
天正十八年、佐竹氏に水戸城を奪い取られた幡谷次郎は、江戸氏とともに城の回復を計ったが果たせず、皆討ち死にした。その一族郎党十人の墓が、今も三現山にあって十人塚と呼ばれていると、東茨城郡誌下は伝える。各地には十三塚・十一人塚・十騎塚など、葬られた人数をそのまま名に負う塚の伝えが数多くあり、この十人塚もその一つである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。