五十鈴媛命陵とも伝えるが
どんな伝承か
中河内郡北高安村神立。生駒山から信貴山へ行く途中の十三峠にある塚をいう。中河内郡誌は、これを五十鈴媛命の御陵として、中央の大塚を親塚または王塚といい、他を殉死塚というと記す。一方、喜田博士の風窓日誌によれば、昔、大和大住のある男がここを通ると見慣れぬ塚が十三個できていて、その一つから唸き声が聞こえるので掘ってみると美女がいた。これは都の姫君で、人に言えぬ病があって十二人の侍女とともにこの山中に生き埋めとなったものだといい、この男と夫婦になり、その子孫が今の大住部落となったという。(旅伝四)
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。