秀衡駒繋の松
どんな伝承か
忍の町には、鎌倉時代にこの地を通った藤原秀衡が、そこに駒を繋いで休息したと伝えられる「秀衡駒繋の松」がある。ほかにも、徳川中期末の城主松平忠雅が桑名城主だった頃にその地で鋳造したという享保二年銘の梵鐘が、忍城の昔を偲ぶ遺物として忍高等女学校内に保管され、成田氏長が子息と不和になったときに隠棲した龍淵寺などの社寺もある。町の東端を流れる忍川へ注ぐ忍城の外濠をめぐると、かなりの行程になるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・昭和初期(1920年代~1930年代))