鐘釣り橋
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どんな伝承か
弁慶が竜渕寺の鐘を欲しがり筑波山方まで引きずると凸凹がすり減り、鐘が「竜渕寺こいし」と泣いたので驚いて付近に戻し逃げ帰った。村人が担いで戻す途中、下廓で鐘を落とし、竜渕寺の坊さんが水晶の数珠で釣り上げた。以後その橋を鐘釣り橋というようになったと伝える。
原典より
「鐘釣り橋」の名は沈鐘を釣りあげたためにおこったという。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 上(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成・昭和40年代刊(上巻)) より引用地図で位置を見る
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 上(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成・昭和40年代刊(上巻))
韮塚一三郎『埼玉県伝説集成——分類と解説 上』を全487話・伝説(土地別の異伝)単位で収録(巻中の<解説>・[参考]・和歌・注は本文に内包)。
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熊谷市の伝承
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