平家もり
どんな伝承か
ナナジョー(七城)に砦を構えた資盛主従は、源氏の追跡を見張る人数をここに残し、大部隊は地域の広い長嶺近くに移動して居を定めたのであろう。平家もりの西方につづく童ヶ岡は、平家の将兵が朝夕武技を練り馬術の修練につとめた跡だと伝えられる。平家もりは早町港から来襲する敵に備えた望楼台であり、防戦に有利な防壁でもある。頂上は台地をなして見張りに便利に築かれ、後ろの掘り割りは将兵が隠れ防戦できるように設計されたと思われる。世人は平家森・平家丘と記すが、木を植えたのは明治四十一年の旧正月が初めてである。平家方はなお安心できなかったのか、小野津のキンクルムイの北方斜面の岩に穴を穿ち、そこから矢を射て北方海上を見張ったと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第15巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第15巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全185話(奄美・沖縄=南西諸島)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。