雉住まず
どんな伝承か
細川師氏の攻撃に敗れた信胤の軍勢は、自害する者、殺される者、漁夫や農夫に身をやつして逃げる者に分かれた。その中の一方の旗頭であった武将某も、山に寝、木の実や草の根を食べて海岸まで逃げのび、ようやく舟を得て豊島に辿り着いた。島も敵の目が厳しく、夜陰に紛れて上陸し、昼は木陰に臥していた。ある夕、敵の姿を見て傍らの樒の木に身を隠したが、頭上の雉が鳴いたため見つかり、斬殺された。「樒育つな、雉住むな」が最期の言葉で、以来豊島には樒がなく雉も住まないという。
原典より
細川師氏の鋭い攻撃に敗れた信胤軍は、あるいは自害し、あるいは殺害され、あるいは漁夫に、また農夫に身をやつして逃げていった。—— 日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第12巻』所収の「文化叙事伝説」全139話(香川・徳島・愛媛・高知=四国)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。