相名に落ち延びた重盛の代参人
どんな伝承か
平重盛が熊野権現に願を立て、その代参を務めたのが大野源太左衛門尉盛高であったという。留守のうちに重盛は病死し、平家一門も敗れて散り散りになる。源太左衛門は船で安芸郡安田の浦の三津石に上陸し、安田川をさかのぼって馬路村の相名へたどり着き、清岡与惣左衛門の家に身を寄せてその娘の一人を妻とした。携えていた武具は屋敷の隅に埋め、そこを経塚と呼びならわす。世が落ち着いてから再び熊野に参り、十二社権現を勧請した。上陸地の大岩で身を清めたことから、その岩はお手洗い石と称される。相野には社殿が建てられ、十二社に重盛を合わせて十三体妙見大権現として崇められた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第12巻』所収の「文化叙事伝説」全139話(香川・徳島・愛媛・高知=四国)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。