七人塚
どんな伝承か
長野村大字馬我野字鎌倉に、昔、七人の山伏が住んでいた。この山伏たちは、ある日、田辺沖を通る船に向かって秘術をかけ、その進航を止めた。ところが船中にも術に優れた者がいて、秘術をもって山伏たちの動くのを止めたので、山伏たちはそのまま死んでしまった。今もなお沖を通る船からこの地を望むと、一点の青い火が怪しく夜光るという。この話は大正四年に牟婁新報へ掲載され、郷土研究へも報告されたものである。なお新宮町の秦には徐福の墓があり、その周囲には徐福に殉死した七人の家臣を葬り祀るというが、今は面影を遺すものがわずかに三つ四つあるのみである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。